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「時代に媚びない、より自由な音楽」をテーマに、Very
Apeの小倉(ドラムス)、Speed
King, Helter
Skelter他で活躍する甲谷(ベース)により2001年に結成される。当初は最小限の編成、ということで、週刊香港誌上にてメンバーを募集、伊藤(ギター)の参加が決定する。
作曲活動にいそしむ中、2002年には、香港の最大楽器店「Tom Lee」主宰のバンドコンテストに参加、実験的な音楽が市民権を得られないここ香港において、ベストギタリスト賞を伊藤が受賞する。
より幅広い音楽性とレパートリーを更に目指すため、2002年より秋山(ターンテーブル、サンプラー)が参加する。
その後、中国シンセンにてライブを行うが、オーガナイザーの場所選択ミスにより、ワインバーにて演奏する。案の定その実験性、前衛性は受け入れられず、2曲演奏後、強制終了。客からのクレームのために、店長が解雇される、という憂き目に遭う。
48th Street
Chicago Bluesにて数回ライブを行う後、2005年のThe
Battle Of The Bandに参加。サードステージまで勝ち上り、特にミュージシャンを中心に絶賛を浴びるが、伊藤の急病により途中リタイア、伊藤はそのまま帰国、脱退となる。
その後、the Undergroundでギタリスト不在のままライブを行う。その過激で実験的パフォーマンスは「現代のKING
CRIMSON」と評され、脚光を浴びるが、同時にギタリスト不在のままの活動に限界を感じる。
その直後、元 MIRAGE、現HELTER
SKELTER BLUES BANDの島村博がギタリストとして参加が決定。ソリッドでブルージーな伊藤のギターとは対照的に、理論に裏づけされたフリーキーなジャズテイストの島村のギターは、グループを新たな方向へと導いた
。
2007年3月、元Double Lifeのボーカル、Shadow Kimがライブにゲスト参加。彼女のエキセントリックで即興的なボーカルはメンバーに衝撃を与え、その場でメンバー加入が決定。同時に「曲作り」という束縛から放たれるため、今後のライブをその場の即興で行っていく、という新しいコンセプトの元、5人で再スタートとなるとなり、the
Undergroundを始め、数度のライブを行い、好評を博す。
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